クロガネ・ジェネシス
感想はこちらにお願いします→雑談掲示板
第ニ章 アルテノス蹂 躙
第３０話
双剣のダリア
アルテノスの空。零児、アーネスカ、アマロリットの３人は低空飛行しながら町並みを見下ろしている。
至る所に人間の死体。それを食らうクロウギーン。そのクロウギーンを討伐せんと、行動する剣騎士《ソード・ナイト》達。
「クッ……見れば見るほどひでぇ……」
それらを見ながら鉄零児《くろがねれいじ》は言った。
生き延びている人達は必死に逃げ回っている。中には剣騎士《ソード・ナイト》達に保護された者もいるかもしれないが、果たしてそれがどの程度の数になるのか。
「剣騎士《ソード・ナイト》達のおかげで、クロウギーンの死体もたくさん並んでる……」
アーネスカも零児同様、町並みを見下ろしながら言う。
「一体誰がこんなことをしたのかしらね……」
アマロリットが呟く。勿論、彼女達はレジーがこんな事態を引き起こしたことなど知らない。それどころがレジーが生存していることすら知らない。
「とにかく、まずはバゼルさん達と合流を――」
アーネスカの言葉はそれ以上続かなかった。
「よけろシェヴァァアア!!」
零児がそう叫んだからである。零児はシェヴァの手綱を思いっきり右に引き、シェヴァの体勢を傾けた。
その瞬間、地上から、細長い何かが、シェヴァの真横を素通りした。どうやらそれはショートソードのようだった。
「どうしたの!?」
「わからん！」
零児はショートソードが飛んできた方向に目を向ける。
それを見て零児を目を見開いた。そこには、頑健な鎧を装備しているはずの剣騎士《ソード・ナイト》達の死体が大量に並んでいたからだ。
それだけではない。飛行竜《スカイ・ドラゴン》の死骸も一緒に並んでいる。その大半はガンネードと、隊長クラスのものとおぼしき、セルガーナの死骸もある。
そして、その中心には、『何者か』が佇んでいた。
零児はその人物の前に降り立つべくシェヴァに指示を出す。
シェヴァは零児の指示で地上に降り立つ。そこには黒スーツ姿の少年がいた。
長いロングの髪の毛を後頭部で束ねている細身の少年だった。そして、その両手には、片手で扱うことを想定していない巨大な大剣、トゥ・ハンド・ソードが１本ずつ握られている。
彼の周囲には頑健な鎧に身を包んだはずの騎士達が全て横たえていた。鎧の形は歪み、穴が開けられ、兜と首の付け根の部分から血を流しているものもあれば、鎧ごと体を切り裂かれて絶命している者もいた。
周りは民家が立ち並ぶ住宅街のようだった。明かりがついている、いないに関わらず、人の気配はほとんどしない。
「さっきショートソードをぶん投げたのはお前か？」
零児は目の前の少年に問いただす。
「その通り。よく避けたね。あなた達も僕を殺そうとするのかな？」
少年、ダリアはまったく悪びれることもなく、余裕の表情で言う。
――マジかよ……。
ダリアが平然と「その通り」と答えたことに対して、零児は戦慄した。この少年は、飛行しているシェヴァをピンポイントで、しかも鉄でできたショートソードを素手で投げ飛ばしたと認めたのだ。
人間業ではない。
「あんた、人間じゃないわね……」
アーネスカがダリアを睨みながら言う。
ダリアは「ええ」と笑顔で答えた。彼は右手のトゥ・ハンド・ソードを地面に突き刺し、軽く一礼する。
「僕の名はダリア。あなた達人間を殺す者です」
あくまで笑顔のまま、彼は恐ろしいことを言い放つ。
アマロリットが前にでる。
「このクロウギーンは、あんたが召還したものかしら？」
「いいえ。彼らを召還したのは、レジー姉さんです」
零児も、アーネスカも、アマロリットもその言葉に驚愕した。
「レジーが生きているっていうの!?」
アーネスカが回転式拳銃《リボルバー》をダリアに向ける。レジーの死は、零児達が間違いなく確認している。何せ、竜《ドラゴン》の爪で串刺しにされたのだ、生きているはずがない。
「へ〜。本当にレジー姉さんが死んだと思ってるんだ……。なんておめでたい……」
侮蔑を含んだ目で、彼は零児達３人を見る。
「レジー……姉さん……？ ってことは、お前はレジーの弟かなにかか？」
「ええ、正真正銘、血の繋がった姉弟ですよ」
「なるほど。ってことはお前も亜人なわけだ」
「その通りです。僕は嵐竜《ストーム・ドラゴン》。その総統龍の亜人」
零児自身は総統龍《フューラー・ドラゴン》、そしてその亜人とも対峙したことはない。正直総統龍《フューラー・ドラゴン》だからといって強いとは限らないのではないかと思う。
しかし、頑健なる鎧を装備した剣騎士《ソード・ナイト》兵団をたった１人で壊滅に至らしめたその力は本物だろう。
「２つ聞いていいか？」
「なんでしょう？」
「お前はなんのために戦うんだ？」
「我が愛する姉のために」
「もう１つ聞こう。どうあっても俺達に刃を向けることは変わらないか」
「変わりませんね」
ダリアは目を細めた。それが戦いの合図になった。
迷いなくダリアが先に動いた。彼は２本のトゥ・ハンド・ソードを持ったまま３人目がけて突進してきた。その動きは３人の予想をはるかに上回る速度だ。
距離にして約１０メートル。その距離を、一瞬にして詰めてくる。それは走ると言うより跳ぶと表現した方が適切なのではないか。そう思わせるくらい、ダリアの突進は速かった。
「散開!!」
アマロリットが叫ぶ。固まっていては即座に殺られる。
反応したアーネスカと、アマロリットは二手に分かれる。が、零児はその場に止まったままだ。
零児はソード・ブレイカーを抜き、ダリアの斬撃に備える。ダリアの攻撃目標は零児のようだった。
ダリアの両手のトゥ・ハンド・ソード。その右手の刃が零児に襲いかかる。零児は短剣、ソード・ブレイカーを構えた。
鉄と鉄がぶつかり合う乾いた音が響く。同時に、零児の体が大きく後退し、トゥ・ハンド・ソードの刃が下へ受け流される。
トゥ・ハンド・ソードの重みにダリアの体重が加算された一撃を、その場に踏みとどまって受け止めるのは危険すぎる。零児は、受け止めるのではなく、斬撃の軌道を変える選択をしたのだ。
しかしその一撃はやはり重い。零児はたった一発の刃を受け流しただけで凄まじいしびれを感じた。
ダリアにはまだ左手のトゥ・ハンド・ソードもある。当然、ダリアは右の斬撃が受け止められたとみると、すぐさま左手のトゥ・ハンド・ソードで零児に切りかかってきた。
強烈に重い斬撃をその場に止まりつつ、連続で受け流すことはできない。そんなことをすれば零児の手がもたない。少しでも斬撃による衝撃を和らげるために、零児は後退しながら刃を受け流す。
「零児！」
アーネスカとアマロリットの２人が零児の援護に回る。２人はダリアをやや後方から挟み撃ちの状態に持っていく。
そして、２人揃って回転式拳銃《リボルバー》をダリアに向ける。零児とダリアによる斬撃。その音が響く中、幾発もの銃声が轟《とどろ》く。
しかし、それより速く、ダリアは高々と跳躍していた。放たれた銃弾はまるで最初から虚空を狙っていたかのように外れる。
宙を舞うダリアは両手のトゥ・ハンド・ソードをアマロリットとアーネスカ目がけて投げ飛ばした。しかし、銃弾と違って目測で動きがはっきり見える刃に当たるほど、２人とも鈍足ではない。
アーネスカもアマロリットもその刃を即座に交わす。
ダリアもそんなことはわかっているのか、民家の壁を蹴り、急降下する。標的はアーネスカだった。
回転式拳銃《リボルバー》を構える間もなく、アーネスカは自分目掛けて落下してくるダリアの突進を回避することに専念する。
ダリアは空中で右手を伸ばす。しかし、その手はアーネスカを狙ったものではなかった。ダリアの狙いは、先ほどアーネスカに投げ飛ばしたトゥ・ハンド・ソードだった。
空中で、その柄を掴み、即座に着地する。その時点で、アーネスカとの距離は１メートルも離れていなかった。そうとなればダリアの標的は自然アーネスカに向けられることになった。
突き刺さったトゥ・ハンド・ソード。それを即座に抜き、同時にアーネスカの体を真っ二つにすべく、真横に薙払う。
「させるか！」
そこで、零児が乱入する。彼はダリアの腹目掛けて跳び蹴りを慣行したのだ。
「グウッ……！」
鈍い痛みにさらされるダリア。たたらを踏んで後退する彼に、アマロリットとアーネスカが同時に銃を向ける。
再び銃声が鳴り響く。しかし、その銃弾はまたしてもダリアに当たることはなかった。
「なんで当たんないのよ!!」
そう叫ぶのはアーネスカだ。彼女は弾切れ覚悟でダリア目掛けて銃弾を発射する。彼女の回転式拳銃《リボルバー》は両手に構えられていた。
アマロリットの分も合わさって、相当な数の銃弾がダリアに向けられる。しかし彼は豹の如く俊敏に動きまわり、照準を絞らせない。
「クッ……速い！」
零児の跳び蹴りによって開かれた距離を詰めるべく、ダリアは前傾姿勢で走る。トゥ・ハンド・ソードを両手に持ち、アマロリットを両断すべく跳躍する。
「危ないなぁ。銃を人に向けるなんてさ！」
そういいつつ高々とトゥ・ハンド・ソードを掲げる。そのまま振り降ろされれば、間違いなくアマロリットは即死する。
もちろん、零児はそれを許さない。零児は左手にソード・ブレイカーを、右手に無限投影で作ったショート・ソードを構える。その２本をクロスさせて、ダリアのトゥ・ハンド・ソードを受け止める。
「何っ!?」
「あぶねぇなぁ。人に刃を向けたらよぉ！」
クロスさせた２本の刃を押し上げ、そのまま腹部を蹴る。
「くぅ、またか……！」
「まだまだぁ！」
零児は両手の刃で、ダリアに攻撃を開始する。
零児は２本、ダリアは１本。手数の多さでは、軽い零児の方が圧倒的に有利。
零児の刃は１本はトゥ・ハンド・ソード、１本はダリアの手を狙っていた。片方の刃でトゥ・ハンド・ソードを弾き、もう１本を攻撃に使う。それは武器の無力化とダメージ源の確保に繋がっていた。
トゥ・ハンド・ソードを握るダリアの手は、斬撃の衝撃で痺れ始める。弾かれる度に生まれる隙を零児は逃さない。その度に、零児の刃はダリアの右手、あるいは左手を突き刺し、小さなダメージを蓄積させていく。
「くっ、うう……！」
ダリアの両手の甲から、次々と血が噴出する。いかにダリアが亜人といえど、トゥ・ハンド・ソードだけで零児の刃を受けきることは無理なのだ。
「おのれ……！」
これ以上ダメージを受けないためか、ダリアは一歩下がる。その一歩で大きく後退し、即座に高々と跳躍し宙を舞う。そして、同時に槍の様にトゥ・ハンド・ソードを零児目掛けて投げ飛ばす。
零児は右手のショート・ソードを、腰に下げた剣の柄と同じ位置に持っていく。迫りくるダリアのトゥ・ハンド・ソード。零児は居合いの要領で、ショート・ソードを横に振り、トゥ・ハンド・ソードを叩き落とした。
トゥ・ハンド・ソードは根本から折れて、柄と刃に分離する。刃は地面に突き刺さり、柄はカランと音を立てて落ちる。
零児がそうやってトゥ・ハンド・ソードを叩き落としたわずかな隙。そこをついて、ダリアは零児に向かって突進を敢行した。まだ、零児は体勢を整えていない。
血に染まったダリアの拳。それが零児の腹部を直撃する。
「っつ――！」
零児はゴロンと地面を転がる。その時だった。
「エクスプロージョン!!」
という叫びと共に、ダリアの足下で何かが爆ぜた。
轟いたのは銃声ではなく爆音。それは間違いなくアーネスカの魔術弾だった。
ダリアの靴は焼け焦げ、同時に足の皮膚がただれる。衝撃と熱がダリアの足を襲い、大きなダメージになっていた。
「人間ガァーー!! 僕を舐めるなぁ!!」
ダリアは再び疾駆する。しかし、その速度は今までよりも大分下がっていた。
それでも十分に速いが、アーネスカとアマロリットが照準を絞るくらいにはその動きは鈍くなっていた。
疾駆するダリア目掛けて、さらに銃弾が放たれる。その銃弾はダリアの肩、二の腕に直撃した。
しかし、それで止まらないのは、やはり彼が亜人だからであろう。普通の人間が銃弾を食らえば一発で動く気にすらならなくなるほどの精神的ショックと肉体的ダメージを受ける。
人間に変身しているとはいえ、竜《ドラゴン》としての皮膚の硬さがダメージを押さえているのだ。
ダリアは元々所有していたもう１本のトゥ・ハンド・ソードに向かって走っていた。それを回収して反撃に転ずるつもりなのだろう。
その間も、ダリアへの銃撃は続く、背中に数発当たったが、それでも大きなダメージ至ってはいないようだ。
「うおおおおおおお!!」
咆哮をあげながら走るダリア。数秒でもう１本のトゥ・ハンド・ソードにたどり着き、それを抜く。
「来るか？」
全員、反撃に備えて身構える。
が、ダリアはトゥ・ハンド・ソードを回収すると同時に、すぐ近くの路地裏に入っていった。
「!? どういうこと!?」
すぐに攻撃に転じてこないダリアに疑問を抱きつつ、アーネスカはそう言った。
「逃げた……？」
「いや、多分違う」
アマロリットの言葉を否定する零児。
「確信はあるの？」
「そんなものはない。けど、あいつ。かなり熱くなってたからな。このまま逃げ帰るとも思えねぇ。こちらの隙を伺っているのか、それとも……」
それ以上続けようとしたときだった。
３人の横、一瞬で石造りの民家が吹き飛び、瓦礫の山ができあがる。
「壁越しに俺達を倒すだけの力を持っているのか……ってところかな？」
そう、今民家が吹き飛んだのはダリアの攻撃によるものだった。
「チッ……はずしたか……」
どうやら今の攻撃で瓦礫の下敷きにするつもりだったらしい。
「流石は嵐竜《ストーム・ドラゴン》。まさに嵐のような攻撃だ……」
「感心してる場合!?」
「じゃねぇよな！」
アーネスカに叱咤され、零児の表情に緊張が走る。
３人は同時に走り出す。ダリアは彼らの位置目掛けてさきほどと同じ技を繰り出す。
背後でもう１つ民家が破壊された。破壊された民家は瓦礫となり、瓦礫は雪崩か津波のように地面に散乱する。まるで大砲だ。
今度は零児達の前方で、民家が破壊される。見えない分、中々狙いが定まらないのだろう。零児達が瓦礫の山に押しつぶされるには至っていない。
「チャンス！」
零児はこれを好機とし、今破壊された、民家を伝って、ダリアの元へ向かう。
「させるかぁ！」
その時、ダリアが真上に大きく跳躍した。両手には高々と掲げられたトゥ・ハンド・ソード。彼が地面に着地すると同時に、刃は振り降ろされ、大地を叩いた。
すると凄まじい風が巻き起こる。正真正銘、大砲のような風が零児目掛けて放たれる。
「進速弾破！」
その風をまともに食らうまいと、零児は真横に跳び、同時に高速移動魔術を発動した。
ダリアが放った風は、零児の真横を凄まじい勢いで飛んでいく。大気が振るえ、耳をつんざき、大地をえぐる巨大な風の渦。
それが零児の真横を通り過ぎていった。
――あんなもん食らうわけにはいかねぇ！
零児はそう思い、体勢を立て直そうとしたときだった。
「シール・フリーズ!!」
『!?』
零児とダリア。聞いたことのない魔術の名前に耳を疑う。次の瞬間、ダリアの両足は凍り付いていた。
「な、なに!?」
魔術を放ったのはアーネスカだった。アーネスカの魔術弾の一種、氷の属性を持つ弾丸が、ダリアの両足を凍り付かせたのだ。
「ナイス！ アーネスカ！」
アーネスカは全力疾走でダリアに接近する。
「近づくな！ このぉ！」
ダリアは動けない状態で、なおもトゥ・ハンド・ソードを振るう。
アーネスカは、その刃が大きく空振りした所を狙い、その銃口をトゥ・ハンド・ソードの刃の根本に向けた。
刃と銃口の間に距離はない。ほぼ零距離で、アーネスカはその引き金を引いた。
「エクスプロージョン！」
続いて轟音が轟き、ダリアのトゥ・ハンド・ソードは根本から刀身を失うことになった。
アーネスカはすかさず、ダリアの頭に銃口を突きつけた。
「おっと。動かない方がいいわよ？ 頭の風通しでもよくしてほしいってんなら、話は別だけど……」
「クッ……！」
そこに、零児とアマロリットも駆けつける。
「ここまでだな！」
「観念なさい！」
３人の人間がダリアを取り囲む。アーネスカとアマロリットは銃口を、零児は刃を向けた。
そして、アマロリットが口を開く。
「悪く思わないでよね。これからあんたの動きを封じさせてもらうわ」
「フッ……フフフフフフフフフ……！」
ダリアはそれでも余裕なのか、不気味な含み笑いを漏らした。
「これで……僕に勝ったつもりですか……？」
「この後に及んでなにを……？」
ダリアは不気味な笑みを浮かべたまま一言述べた。
「トランス・オフ」
|
|---|
感想はこちらにお願いします→雑談掲示板